「金持ち父さん貧乏父さん」は無職だった私が投資を始めるきっかけになった本です。(前編)

今回は「金持ち父さん貧乏父さん」についてです。

多くの投資家のバイブル的な本のため、既に読まれた方も多いと思います。

私はこれまで何十冊も投資関連の本を買ってきましたが、最も衝撃を受けたのが「金持ち父さん貧乏父さん」でした。私が投資を始めるきっかけになった本でもあります。

この本は新卒で入社した会社が倒産し、会社に頼って生きていくことの怖さを実体験した私にマネーリテラシーの大切さを教えてくれました。

貯金がなく無職になった私が5年間で1,000万円貯めることができたのも、「金持ち父さん貧乏父さん」を読んだ影響が大きいと考えています。

「金持ち父さん貧乏父さん」をまだ読んだことのない人にはぜひ読んでもらいたいと思い、私の実体験と合わせて今回書きました。

少し長いので、2部構成でお届けします。

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会社に頼って生きていくことの怖さを知った20代

名前は出せませんが、私は創業家一族が経営する社員1,000人くらいの企業に新卒で入社しました。

成長企業だったその会社は業績も右肩上がり。有名人を使ったテレビCMもバンバン出していました。ここで成功すれば私は勝ち組になれる、と情熱を持って入社したのを今でも覚えています。

年齢に関係なく成績を出せば評価される体制だったため、私は夢中で働きました。休みの日も働きました。

順調に成果が上がり、入社2年目で全国TOPの営業成績を残すことができました。その後も出世していき、26歳になった時には海外勤務も経験できました。

当時の自分はこの会社にいる間は無敵だと勘違いし、もちろん将来のお金の心配など一切していませんでした。

急降下の始まり

私の最初の海外勤務先はタイのバンコクでした。日本円で給料をもらっている私は物価の安いタイだとお金持ちになった気分になり、どんどんお金を使うようになっていきました。

タイでの生活が慣れてきた頃に香港への異動が決まり、香港の九龍(クーロン)へ引っ越しました。

香港に行ってまず驚いたことが、タイとの物価の違いです。日本と比べるとそうでもないのですが、物価の感覚がタイに慣れていた私は香港の物価の高さに衝撃を受けました。

ただ、バカヤロウな私は香港に行っても入った給料を全て使い切るという生活を送っていたのです。

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給料は毎月25日に日本の銀行に振り込まれていたので、私は給料日にネットバンクで給料が振り込まれたのを確認してから現地のATMで新生銀行の国際キャッシュカードを使い、現地通貨を引き出していました。

香港に行って3ヵ月経った頃から給料支払いの遅滞が始まる

香港に行って3回目の給料日でした。

ネットバンクを見ても給料が振り込まれていません。

スカイプで日本の本部に確認したところ、「1週間後に入るから大丈夫だ。」との返答。私は「1週間後に入るんだったら大丈夫か。」くらいの軽い気持ちで素直に1週間待ってみることにしたのです。

無事1週間後には入金されていたため、それ以上は怪しまなかったのですが、今思えばその時から会社の自転車操業は始まっていたのです。

問題は翌月の給料です。なんと2週間遅れました。この時はさすが焦りましたね。それからの給料も1週間、2週間遅れて入金されるのが当たり前になっていきました。

この時はさすがの私でも気づいてましたね。会社ヤバいんだなと。

まあそこからは早かったです。

急きょ本部から帰国指示が入ったのです。ひとまず自宅待機だという訳の分からない文言も添えられて。。

たまたま私は日本で賃貸マンションを契約したまま海外勤務をしていたこともあり、帰国した後に戻る場所があるだけ幸いでした。

そして、帰国して1週間くらいで会社は倒産しました。そう、無職になったのです。

私に貯金はほとんどなく、毎月の家賃など生活費を考えると半年もたない状況での倒産でした。

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ワンマン経営ならではの倒産劇

なぜ成長企業だった会社が倒産したかと言えば、リーマンショックの影響もありますが、一番の原因は会社の浪費グセです。

ワンマン経営の会社にありがちだと思いますが、創業者である会長は絶対的存在で、神のように崇(あが)められていました。会長が一言「集まれ」と言えば、地球の裏側にいても急いで駆けつけなければなりません。

で、集まって何をするかと言うと、六本木で朝まで飲むだけです。

また、会長は海外が好きだったので、研修の一環と題して2か月に1回のペースで社員20名ほど連れて海外に行っていました。私も何度か参加したのですが、研修らしいことは何一つせず、ただの豪華な旅行です。

会長はとにかく金遣いが荒く、自家用ジェットも保有していました。もちろん会長室の床にはトラさんが寝ています。

国内での全体会議は舞浜のディズニーリゾートにあるヒルトンホテルで行うのです。もちろん食事つき。

まさに時代外れのバブルのようでした。そんなことをずっとやっていては倒産するのも当たり前です。

未公開企業の創業者にブレーキをかけられる人が誰もいない、ワンマン経営ならではの倒産劇でした。

【後編に続きます】

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